=HE6 episode:03-3=
このペットショップを自ら訪れるのは初めてとなるMr.ドッジ…もとい、ハウンドは、ケースの中の動物一匹一匹を品定めするように見ながら、密やかにスキャンしてまわった。このスキャンによって先の事件の際に見つかったものに加え、数種類の地球外物質を微量でも特定できる筈なのだが、猫も犬も兎も、特に怪しいところは無い。小さな魚、虫などを見るがやはり表の店にはそれらしい痕跡は見当たらない。更に店内の壁や床にもスキャンをかけるが、ハウンドに搭載された簡易装置で地球外物質が検出されることは無かった。
『ハウリィ、念の為観葉植物も調べてみろ』
「はい」
不意に通信が入り応答するが、店員にこの声は聴こえていない。口は動かず、音も出ていないがラボで待機している博士の元にはいつもの彼の声が届いている。
「…植物も、その土も駄目です。やはり一般には入れない場所があるのでしょう」
『そろそろ段階2だ。珍しい動物が欲しいと、店員にカマをかけてみろ』
「了解」
ハウンドは、事前に描いて来たシナリオを実行に移した。
高圧的な台詞や態度は事前の設定とシミュレーションに加え、相手の反応を見ながら博士の指示に従い振舞った。入念な準備の甲斐もあって予想以上に計画はうまくいき、マネージャーを煽って地下への侵入に成功した。歩きながら何度かスキャンを行うと、洗浄室を越えた先には大量の地球外物質が床に付着していることも分かった。
更に地球外生物の実物の証拠を撮ることができれば、動かぬ証拠となる。そのまま歩みを進め、ついに「猿」―G357-11惑星系の高等宇宙生物、ニグリ・シミアの姿を確認することができた。これで計画は成功した筈だった、が、予想外の事態が起こった。
マネージャーにとっては残念なことだが、ハウンドはこの生物をデータ上で名前と簡単な生態だけは知っていた。そして恐らく、マネージャーは知らなかった――彼らの知能の高さを。
ニグリ・シミアは仲間同士協力して物事を行える。こじあけられた檻は、いかに怪力と言えども、一匹の力では歪ませることはできない。今回のケースは、体の小さい個体が1匹、逃れられる隙間を作るために、3匹が協力してなんとか少しだけ、檻を捻じ曲げたのだ。檻から出た猿は、檻の陰に身を潜め、マネージャーが鍵を開けるのをただ待っていた。そしてついにその時が来た。猿は自分たちを閉じ込めていたマネージャーの顔を覚えているのだろう、怒りも露わに、真っ直ぐマネージャーへ向けて飛びかかってきた。
―馬鹿め、地球の常識に当てはめ、ただの猿だと甘く見たな。
サラ博士は心中でひたすら、ありとあらゆる悪態を吐きながら、各所に緊急事態を伝えた。
今のハウンドは戦闘力が高くない。体の小さい個体とはいえ、体躯に見合わない怪力を持つニグリ・シミアに急襲され、頼りない装甲でマネージャーと言う足手まといを庇っている。
『ハウリィ、その爪を無理に受けるな、避けろ!』
サラはほぼその身で鉤爪を受け止めているハウンドに対し呼びかけるが、彼は従わない。
「しかし、まだ彼が逃げていません!」
マネージャーは腰を抜かしながら、這うようにして出口のドアへと向かっていた。それに気づいた猿はハウンドの腕を鞭のようにしなる尾で払いのけ、男の丸い背中へ猛然と向かっていく。
「伏せて!」
言われるまでもなく、背後に迫る吠え声を聴いたマネージャーは悲鳴を上げながら床へと突っ伏した。猿が地べたに貼りついた白い防護服に跳びかかる刹那、その背にハウンドが指先から射出した麻酔弾が刺さった。
ギャアと一鳴きした猿はふらつきながら、ドアの隙間を通り部屋の外へ逃げていく。
『追え!』
「了解」
ハウンドは通信に短く答えながらマネージャーの首根っこを掴み、やや強引に猿の部屋から扉の間へ引きずり出す。可能性は薄いが、興奮した残りの猿がいつ怪力を発揮して檻を脱出するかもわからない。
「乱暴ですまない、あなたはここに!」
ハウンドは振り向きざまに分厚いドアを蹴り締めながら、荒く息を吐く男へ律儀に声をかけ、すぐ廊下を疾走する猿の背を追った。
体にまとわりついて邪魔な防護服を廊下に投げ捨てていつものようにスピードを出すと、すぐに駆動部が熱くなるのを感じ、ハウンドは歯噛みした。
――遅い。
わかっていたことだが、戦闘用でないボディはスピードも無く、無理をすれば熱暴走の危険も高い。
『温度が上がってる、余計な機能は切るぞ』
緊迫した博士の声が響き、いくつかの不要な機能が遠隔シャットダウンされたが、状況はあまり良くないようだ。廊下に落ちた麻酔弾を見て、ハウンドは刺さりが浅かったことを知った。ニグリ・シミアの肌はしなやかで、とても堅い。
『地上へ逃げれば厄介だが、地下深くならまだ猶予がある』
「いいえ博士、ここは恐らく、地上です」
『何!?』
衛星経由の位置情報は、電波が妨害され送れなかったが、位置センサーによって大体の高さや移動距離から、現在位置を割り出すことができる。
「最初に入ったエレベーターは下と横、最後に通った洗浄室は上へ向けて動いていました…ここは恐らく、元のビルの斜め後方にある施設の中」
―だから、ビルの地下を調べた時は何も見つけ出すことができなかったのだ。
今度から地下の操作は超音波式を取り入れろ、エレベーターの軌道が本当に上下だけかを確認すべきだ、そう警察へ文句を言おう。そう胸中で思いながら、ハウンドへ少しでも「猿」を足止めする支持を送る。
『防火扉でも何でもいい!火災報知器を作動させてシャッターを閉じろ』
「見当たりません」
『危機意識が無いのか、どこまで馬鹿なんだこの施設の連中は』
「非常階段はあるようです」
ニグリ・シミアが器用に階段のスロープを伝っていく様子を実況され、サラはうめき声を上げた。
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